one day I remember

今思うこと、ある日いつか思い出す、その日のために

7つの海をこえていざ楽園へ

  うわーい!新曲ダウンロードできた! 親切な人たちに支えられ、ちっちゃくてがたがたした映像ながらも最新のラルクを見た! 新曲聴いた! さあ、船出だ!!! っつー印象を初っ端からどがん!と受けました。 ハイディの眼帯といい、羽根付帽子といい、船出の時のファンファーレを思わせる kenちゃんのイントロのギターといい、「我に続け」「失速しない」といった歌詞といい そしてあのアー写といい。そんな感じがしてきませんか。 これから全国ツアーが始まる、その船旅を祝福し船員を昂らせるような歌だと私には思えました。 曲に関して言いますと、まずAメロの歌の入り方がへんてこりんな音程ですね。 カラオケで採点の基準にする音程ではあらわしきれない、 ハイディ作曲によるハイディにしか歌えないニュアンス。 それを2ヶ月前に配信してカラオケで歌ってみやがれ!っていうんだから なんかもう挑んでやる気満々。 あとどこがサビかわかんないですね。逆に言えば、どこがサビでも納得できるってことです。 着うた配信ページ見て思ったんですけど、Aメロ、Bメロ、Cメロと分かれていて 「サビ」と名義されたものがないんですよ。これが面白いなぁと思いました。 曲の終わりもAメロの部分だったりしますし、そのAメロが流れる前には おそらく一番音程がとりづらいと思われる完全ハイディ独壇場のメロディが入ってくる。 最後のサビに向かって一番盛り上がるところ、通常ここがCメロのはずなんですが Cメロは別にある、となると、もうDメロですよ。そんな曲の展開きいたことねぇ! 曲全体通しての感想は、「低いところでキラキラしてる」なぁと。 曲のお化粧部分はネオユニみたいな感じなんですけど、メロディがあの時より高くないというか 突き上げてほしいところで上がらない、沸点にズレがあるんですよね。 ラルクにおけるハイディの曲の特徴だと私は思ってます。 もしくはあえて意識してハイディがそうしているのかもしれない。だって女王様だもん。 歌詞で耳に引っかかったのは英詞の部分ですね。 The answer in a minute thirty one. サーティーワン。真っ先に某アイスが出てきた私であり、 ハイディん中ではアイスが絶賛大ブームなのかとも思いましたが、 ハイディの歌詞において特定の数字(「13」「42」「666」等)が出てくる場合、 大概が聖書に関わる数字です。 で、「31分」という検索ワードで検索したところ、明確な答えは出てこなかったのですが 関連(よく検索される)ワードとして「31分 聖書」と出てきました。 やっぱり何か関係あるのでしょうか?それとも私と同じことを思ったラルクファンの方々が 検索しまくった故の結果でしょうか? 歌声、歌うことが楽しくなってきたハイディが思い切りよく全開で歌ってますね。 少々やりすぎなところもあるかなぁとおもいましたが気持ちよさそうなのでよし。 若い頃の艶のあるぴょんぴょんはねた声でもないし、2000年ごろからの 多少ディストーションかかった低くてハードな歌い方でもない、第3のhydeですね。 兄が「GLAYにしろラルクにしろ歳とって見てられない」といいます。 私が「歳とってきたからこそまたいいんだよー。」と返します。 兄が「歳とって来たからこそ、それ相応の落ち着きがないとさぁ…」といいます。 私が「テレビに映らない所ではかなり落ち着いてきたんだけどねぇ…」めげずに返します。 「でも曲の雰囲気やら歌は基本変わってないじゃん?それがずっと続くとは思えないんだよね」 と、まぁこういう会話があったわけですよ。 つまりは、見た目と曲調のギャップが耐えられんと兄はいうわけです。 曲調だってだいぶ変わってるよ!っていうのはファンがニュアンスで感じてる程度の マイナーチェンジぶりなので、一般の人からして見たら今のラルクは98年の頃と変わらず イケイケノリノリでやっていてキャーキャー言われる存在だというわけです。 7割がた事実だといっておきましょう。うん。 結局兄は歳をとっても違和感なく聞いたり演奏できる曲やバンドのスタイルが望ましいんですね。 ミスチル小田和正奥田民生ウルフルズみたいな。 ただ、私は思うのです。 人間性や見た目が老成しようとも感性は若くあってほしいと。 腰が曲がっても「花葬」で腰をくねくねさせるアダルティーなアダルトでいてほしいと。 ほら、海外のロックバンドで50,60代でもガンガンやってる人いるじゃないですか。 ラルクがずっと続くって事は、人間性や見た目に応じた曲を作って生き長らえてくことじゃなくて 最終的にそういう海外の大御所ロックバンド的な位置に向かうことなんじゃないかなぁって。 感性が衰えないからこそラルクの「若さ」も「老成したよさ」も味わえて その2つの間の距離(ギャップ)をも愛せると思うんです。 私はラルクに限らず「人が変わっていくところ」を見る、感じるのが好きです。 けれど、その変化の根底に「ぶれない軸」や「積み重ねてきたもの、事柄」 があるからこそ変化することを受け入れられるのです。 だから、もしラルクがこれまでの経歴や軸を覆してバンドスタイルを変えると言う時は 老成した感性の元それによりそった曲を作るとなれば、 その時はラルクから離れることになりますね。 まぁ、「…んなこたぁねぇ」と思いますけれども。 「君に最終的なquestion」 あなたはラルクの何を愛す?