one day I remember

今思うこと、ある日いつか思い出す、その日のために

踊れよロック

  名古屋から帰ってきましたぎゃー。 んーとね、ラルクん時やACIDMANの時ほど、「うわ!私今ここに入れてすっごく嬉しい!」 っていうのはそんなになかったなぁ。おー、VAMPSだぁー、ぐらいのもので。 ついこの前芝生の上で自由に踊ってた私にとってあの空間はいささかせまいものがありまして。 ハイディって「とべ!」ってしか要求しないからみんな飛ぶことに必死よね。 あとは見るのに必死。上か前か。もっとじたばた踊ればいいのになぁ。自由が足りない。 acidandroidは踊るのにねぇ。 いっつも思うのが、MADE IN HEAVENのサビでラジオ体操のように跳躍したり、 DOLLYのサビの最後で手を上げて高速で振るところで妙にこっ恥ずかしくなるのよね。 なんか「これがHYDEのライブのノり方よ!基本中の基本よお手本よ!これやらずして曲にのってるとはいえませんよ!」っていうのをまざまざと見せ付けられてるような、そこに違和感を覚える。 煽られて、心のそこから手を振りたい、ジャンプしたいって思えるならいいけど、 「飛べ」って要求されて、ご主人様喜ばせたいがために一生懸命無理して飛ぶのは 個人的に気持ちよくないないんだな、って思った。私はMじゃないんだなっておもった。 手は広げたい時に広げさせておくれ。「SEASON’S CALL」でのびのびと歌い上げるハイディと 跳ねるようなギターの音を響かせるカズさんみて、私は手を下ろしておとなしく聞くどころか 手をのびのびと伸ばすほうが気持ちいいと思ったから1曲ずっと手を伸ばしていたよ。 激しい曲だから手を上げる、おとなしくて平和な曲だから手を下げる、っていう暗黙の了解も どこかで断ち切らなければ、と思うのです。 ハイディが楽しい!って思えるライブにしてあげたい。 「今日はよかった!」って言ってくれたらそれはそれは嬉しいものです。 だから、「飛べ!」っていわれたら飛ぶ。いっせいに。右に倣え状態。 それってはたからみて面白いのかしら?ハイディの支配欲はそれなりに満たされると思うけど。 みんなが個々にぶっ飛んでいればもっと面白いと、私は思うんですけれどね。 ハイディの歌声がすばらしいと思えばそのばでヒューゥ!っと声をあげる外国人のように。 なにがともあれ。 「MISSION」のあとに「THE OTHER SIDE」がきた時は「ぃぎゃっ・・・!」と のどをくいっと指で押しつぶされたような声をあげました。 モバイルサイトでリクエストしましたこの曲。ランキング外で、人気ねーなーとしょぼくれてたのに。 最近ラルクでもVAMPSでも私の聞きたい曲を結構ぽこぽこやってくれてるんで、 大多数のファンの好みとずれはあるかもしれないけれど、ひょっとしたらハイディと好みが にてるのかもしれないとぶっ飛んだ勘違いを起こしかけてる今日この頃です。