good moning, good night.
真夜中にこんばんは。お昼がっつり寝てしまったので(大学生活最後の怠惰時間を有効活用)
睡眠欲皆無の状態でこのブログを書き連ねております。
んー、今日もまた書きたい内容が多くて、しかもどれもこれも長くなりそうで書く手がとまり、
この前買った宝島社のJポップ批評本だとかアロンゾ本に手が伸びたりしております。
じゃあまぁ、手短にそのJポップ批評本の話からはじめましょうか。
音楽誌が書かないJポップ批評 47
いわずもがな今回はラルクがメイン。
丸ごと一冊L'Arc~en~Cielというアーティストを音楽誌のライターでは無い人たちが
自らの経験値とボキャブラリーで独善的に解明している本なのです。
雑誌の片隅や誰彼の発言内に「ラルク」を見つければ有頂天になってしまうというのに
この本ではみんながみんな「ラルクはあーだこーだ」と言ってるわけですから
もうなんだかうれしいような恥ずかしいような…あー!むず痒い!
ですが無論、ファン視点で見ないラルク像、手広く音楽やメディアに触れている者が話すラルク像、あるいはまったく触れていないものからの独特の観点。
これらはラルクの周りを身内で固めて支えるより、多方面から評価を受けることでより強固な支えになるやもしれない。濃密な思い入れより冷静な観点、それはファン暦が一日一日長くなっていくことに絶対的に失われていくものですから。
無いもの強請り、してしまうでしょう?
そう、この本の参加者の1人であるライターが使っていた単語を借りるなら、
『第3のファン層』のラルクへの評価、あるいは『第3のファン層』そのものを
私は求めて、探して、知ってもらいたがっている。
いないというのなら、『第3のファン層』を得るためのきっかけをこの本でつかもうとしているのです。
できることなら、この本をファンでない方が手にとって読んでいただきたいのですが、
残念ながらこの本のターゲットはそちらではなく明らかに私のようなファンなのです。
本屋さんに2冊あるうちの1冊に、釣られました。
で、まぁ、ちまちまと読みました。
私が期待を寄せすぎたのか、いささか寛容さが足りなかったのか、ルーツを知らない若さゆえか、
それとも、ファン視点というものにどっぷりつかりすぎていたのか。
期待はずれと少々の苛立ちが起き、本を閉じました。
んー、面白い人は面白い、んですよ。例えば、
上に書いた『第3のファン層』っていう言葉を用い、
メディアのラルクに対する評価の2分化についてかかれた文章は楽しかったです。
第3のファン層っていうのを説明しますと、音楽を含めた文化、世相全体に興味を持ち
メディアチェックに余念が無い人たちのことだそうで。「音楽各論」ではなく
「音楽総論」を教える教授、学生向けにはこの表現で言うとたぶんわかる。
で、前に「ラルクって好きになってどっぷりはまるか、嫌いか関心ないかで無視するかのどっちかにあてはまって中間がいない状態なってる」ってなことを書いたんですが、
どうやらマスコミ側ももそういう風に2分化されてるとこの人はおっしゃったわけです。で、それには第3のタイプのリスナーが多いマスコミ関係者の関心が低いことが原因だともいっております。
なーるほど、第3タイプであるマスコミがラルクを薦めければ、同じ第3タイプの人間はおそらく飛びつかない→無視ってなるよねぇ…。で、この人たちが持つ膨大な知識量と、それに基づく相対的な評価を手にすることができない私たちはより内へ内へ向かい閉鎖的になるのね…
ほんとこの本で、あらゆる人がいろんなルーツを持ってるよ!あんな要素こんな要素いっぱいあってラルクは誰にも真似できないね!すんばらしー!ってかいてくれてんのに、
その要素の多さを証明できる唯一のタイプである第3タイプのファンがいない!痛感しましたよ。
と、いう具合にだらだら感想書いちゃうぐらい。
けれど、さすがにこれだけたくさんの人が書いているとあたりはずれもあるんですよね。
正直な話、「小手先」で調べ上げて書いてるだけっていう人が結構いますよ。
それ故のケアレスミスも多いといいますか。
せっかく興味深いことを書いてくれる人もいるのにそういう人が混ざっていると
丸ごと1冊でも内容薄っぺらく感じてしまうんですよね。
「あぁ、この人、仕事として以外はなんらラルクに興味を持ってない人だ」
って、分かってしまったときの自分の中でこの本に対する興醒め。やんなっちゃう。
私はこの号がラルク特集になるにあたって、記事を依頼された人は皆あらかじめ
ラルクに何らかの興味を持っていた人だったと思っていた為、あれ?と思い
わりに「お仕事」的匂いがぷんぷんしたことにぷんぷんしました。
あとですね、これはルーツ探求やレビュー、批評に多くあったんですが
まぁ第3タイプの人間の欠点にあたるのでしょう。
自分の経験値とボキャブラリーを披露したいがために何かを表現する際
カタカナ言葉、固有名詞の一言で終わり追加の説明もなく次へ進んでしまうこと。
すなわち、自己完結しちゃってること。
そのルーツやジャンル、専門用語を知らない人にとってはなんのこっちゃい?です。
もう意味が分かりません。注釈つけてほしい。
まぁ、それを知らないけれどもラルクに通ずるものがあるなら…と、興味を持たせるといった意味でならこれは効果的かもしれませんね。例えば、一番最初の記事の冒頭部分、
「『ark』『ray』期のラルクは、Jポップにおけるポリスのような存在だったのだと思う。」
ってかかれたら、ちょっとポリス聞いてみようかななんて思ったりするでしょう。
(お恥ずかしいことに私は最初『Police=警官』だと勘違いし、えーあの無秩序無法地帯が警官ってんなアホな。とツッコミいれました。ツッコミ入れられんのはこっちだってぇの)
で、この人はその後にポリスのどこがラルクなのって説明をいれてくれてるんだけど、してくれてない人もいるからね。もう、それのオンパレードでさすがに読みづらくてね、あぁこのレビューちょっと後回しで、ってなります。
そんなこんなでまともに読めたのが少ないです、今ん所。
全部一気に読むのは大変なので暇あるときに少しずつ読もうと思いますが…
うーん、これちょっと寝かしとくといいかもしんない。
あ、文章の横っちょにちょくちょく載ってる絵の適当でいい加減な感じは好きです。
124曲ライナーノーツにのってたラルクにおなか抱えて笑いました。
中学生の英語のワークとかに乗ってそうなイラストもあったね!顔がちょっと崩れてんの!
あぁ、いつのまにか「おはようございます」の時間になってしまった。
他の事柄はまた今日のうちにでも。
それでは、おはようございます、おやすみなさい。